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企業から“飲み会“はなくなるのか?──内向的な日本人のための組織内コミュニケーション論

こんにちは、CAIXA編集部の鷲尾です。みなさん、職場の仲間と飲み会してますか?(最近はできないですよね……) 新型コロナウイルス感染症の影響で飲み会が減り、寂しい思いをしている人も少なくないのではないでしょうか。僕もその一人です。

僕はライターになる以前、2つの企業で人事として採用や組織づくりの仕事をしていました。現在もライター業と並行して、いくつかの企業の人事業務のお手伝いをしているため、「組織にとっての飲み会」は個人的に興味津々のテーマ。「組織と飲み会」について考えを深め、自らの人事としての仕事や今後の自分のキャリアにも活かそうという魂胆から、今回の企画を立ち上げました。

お話を聞いたのは、株式会社人材研究所・代表取締役社長の曽和利光(そわ・としみつ)氏。リクルートで採用責任者を担当したのち、オープンハウスやライフネット生命保険で人事責任者を務めた、組織づくりのプロフェッショナルです。そして、僕が社会人2年目のころ、コンサルタントとして採用や組織づくりのノウハウを一から教えてくださった、人事としての恩師でもあります。

現在もコンサルタントとして、規模の大小を問わず企業の組織づくりに関わる曽和氏。お話は飲み会の意義から、日本企業の組織づくりの問題点、“withコロナの時代"のコミュニケーション論に及びました。

【登場する人】
曽和利光:株式会社 人材研究所代表取締役社長。1971年、愛知県豊田市生まれ。灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。株式会社リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。2011年に株式会社人材研究所を設立、代表取締役社長に就任。

鷲尾諒太郎:フリーランスのライター/編集者。1990年、富山県入善町生まれ。2013年早稲田大学文化構想学部を卒業後、株式会社リクルートジョブズ入社。人事として新卒採用や中途採用を担当。株式会社Loco Partnersを経て、2019年に独立。ビジネス領域を中心に取材・執筆を行っている。

職場の飲み会に、お酒はいらない

──ご無沙汰しております! Facebookのメッセンジャーを遡ってみたところ、曽和さんとは6年ぶりなことが分かりました(笑)。

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株式会社人材研究所 代表取締役社長 曽和利光氏

曽和:もうそんなに経ちますか。初めてお会いしたのは、鷲尾さんが社会人2年目のときでしたかね?

──その節は本当にお世話になりました。当時は人事のイロハを教えていただきましたが、今回も曽和さんからいろいろ教わりたいなと。教えてもらってばかりで恐縮なのですが…。

曽和:いえいえ、何なりと聞いてください。

──ありがとうございます!今回は「組織と飲み会」についてご意見を伺いたいなと思っています。というのも、僕が以前ライターとして所属していたモメンタム・ホースというチームはあまり飲み会をしない組織だったのですが、周囲の方々からは「チーム感あるよね」と言っていただくことが多くて。
今後、また新たなチームに所属する可能性もあるのでお伺いしたいのですが、組織としての一体感を高めるためには、飲み会をたくさんした方が良いのでしょうか。

曽和:組織が所属する個人に対して、「自らの役割を超え、同じチームの人の仕事をフォローするような行動」をどれだけ求めているかによるでしょうね。

役割がはっきり分かれていて、それぞれが自分の仕事をしっかりとこなしていればいいといった組織づくりをしていれば、飲み会のような場を設定する必要はないと思いますよ。ちなみに「自らの役割を超え、他者のフォローをする」ような行動を、組織市民行動と呼びます。

──つまり、あるメンバーが企画立案に行き詰まっているとき、先輩が壁打ち相手になるような。そんな組織市民行動を求める組織であれば、飲み会をした方がいいと。業務上の協働が重要な組織ほど、飲み会をした方が良いということでしょうか?

曽和:飲み会はチームで進める業務を、円滑にする効果が期待できます。ただし、必ずしもみんなでお酒を飲む必要はありません。大事なのは、職場を離れたインフォーマルな場で、業務とは関係のないプライベートな情報も含めて共有することです。ある研究が「メンバー間でプライベートに関する情報を共有している方が、業務効率が上がること」を証明しています。

たとえば、メンバーの家庭の状況を理解するだけで、仕事の任せ方も変わりますよね。お子さんを迎えにいくために17時には退勤しなければいけないメンバーがいたとして、そのメンバーの事情を分かっていれば「17時までに帰られるように仕事を任せよう」と思うはず。しかし、他のメンバーが事情を知らず「早く帰りたいだけの人」と認識していると、協力的な体制はつくられにくい。人間関係にも影響が出るでしょうし、業務にも支障をきたす可能性があります。

──確かに仕事仲間から「今日は彼女との約束があるので」と言われたら、無理に引き留めませんね。

曽和:そうですよね。また、プライベートな会話を通じてそれぞれの価値観を知ることは、メンバーが業務でどんな判断をするのか予測することにもつながります。「この人に任せれば、こんなアウトプットを出してくれるだろうな」と想像できることは、チームで仕事を進める上では重要なことです。

──ライティングや編集といった仕事の特性上、一般的な企業よりは組織市民行動は必要ないかもしれないですね。だから僕の所属していたチームは、あまり飲み会的な場がなくても機能していたのかも。

曽和:そうかもしれませんね。ですが、一般的な企業でそういった分業的な仕事の進め方ができるかと言うと、難しい。最近ではジョブ型の組織づくりが注目されていますが、すぐにジョブ型にはできないと思いますよ。

──ジョブ型の組織とは、個人が担当する職務を特定し、採用・育成を行う組織のことですよね。

曽和:そのとおりです。採用、育成、組織体系、あるいは組織のバリューなども含めて変えていかなければ、ジョブ型の組織は作れません。これまでメンバーシップ型の組織づくりをしてきた企業が「ジョブ型にするぞ!」と言っても、かなりの時間を要すると思います。

だから、現段階では組織市民行動を必要とする企業がほとんどでしょうし、そのためにはメンバー間の親密性を高めるための、インフォーマルなコミュニケーションが必要なんです。

“空気”の大切さを知るのは、空気がなくなったとき

──「飲み会なんて時代遅れだ」といった意見もありますよね。チームワークの重要さは今も昔も変わらないと思うのですが、なぜ飲み会が時代遅れだと言われるようになったのでしょうか。

曽和:業務の効率化が求められる中で「飲み会は無駄なものである」といった認識が生まれたからでしょうね。経済のグローバル化が進む中で、「もっと効率的に業務を進めなければ世界と勝負できない」と、無駄なものを排除しようとする傾向が生まれた。

こういった流れが生まれたのは、20年ほど前です。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が定着し始めたのも、この頃。日本流の家族的な組織づくりや働き方が見直され始めたんです。効率化を求めること自体は間違いではないと思うのですが、何が必要なもので、何が無駄なものなのかといった検討が十分になされないまま、“効率化”が進んでしまった

その中で、大切にすべきだったものまでが捨て去られました。その一つが飲み会だと思うんです。飲み会が担保していた、インフォーマルな場でのプライベートな情報の共有といった機能に目を向けず、短絡的に「飲み会は無駄なものだ」とされてしまった。

──僕はスタートアップの経営者に取材をすることが多いのですが「仕事以外の時間を共有することが大事」とする方は少なくありません。合宿を開催している会社も多いですし、飲み会的なものが見直されているようにも思うのですが。

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曽和:プライバシー重視に走りすぎたことの反動でしょうね。効率化や、仕事とプライベートを切り離そうといった考えが先鋭化した結果、家族構成を聞いただけで「プライバシーを侵害している!」と言われるようになってしまった。明らかに行き過ぎてしまったんですよ。

──昭和の家族的な会社経営の反動として生じた効率化やプライバシー主義が、行き過ぎてしまった。その結果、プライベートを共有することや一緒に時間を過ごすといった「捨て去られてしまったもの」を見直す動きが生まれたんですね。

曽和:もちろん個人差はありますが、飲み会などの場で職場の仲間にプライベートを開示することを嫌がっていたのは30代後半から40代後半の、いわゆる就職氷河期世代のビジネスパーソン。家族主義的なマネジメントが主流だった時代に、社会人になった世代です。

一方で、20代前半から30代中盤のビジネスパーソンは、会社の仲間と同じ時間を過ごして、プライベートな情報を共有することに抵抗を覚えない人が多い。僕の会社は20代ばかりですが、むしろ「飲み会を開催してくれ」と言ってくるメンバーがほとんどですよ。

──よく分かります。僕も会社員時代は先輩としょっちゅう飲みに行っていましたし、後輩たちも同僚との飲み会が好きなメンバーが多かったように思います。
最近では組織づくりのキーワードの一つとして、Googleが提唱し始めた「心理的安全性」が挙げられることが多くなりましたよね。かつての日本の一般的な組織では、意識せずとも心理的安全性が担保されていたように思えるのですが。

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会社員時代の飲み会の様子。しょっちゅう飲みに行ってました。

曽和:自分が所属している集団で当たり前になっているものの利点に気付くのは難しいんですよ。問題点ばかりに目がいってしまって、いらないもののように思えてしまう。

そうして捨ててしまったものが、海外で見直され、新しい概念として“逆輸入”されるとみんなが飛びつく。心理的安全性もそうですし、マインドフルネスもそうですよね。「それ、禅じゃん」って話じゃないですか。

「個の時代」になって、日本の組織は弱くなった?

──ロイヤルティやエンゲージメントといった概念も“逆輸入”されたもののように感じますね。その概念、元々の日本の会社にもありません?みたいな。

曽和:「愛社精神が大事」というと、前時代的だといった反応が返ってきますが、「ロイヤルティが大事」というと、その通りだ!となる。何がちゃうねんって感じですよね(笑)。

愛社精神、ロイヤルティ、エンゲージメント、あるいはコミットメントは違う概念であると紹介されているのですが、それぞれを測定するサーベイの質問項目を見ると、だいたい一緒なんですよ。

──なぜ愛社精神ではなく、ロイヤルティやエンゲージメントが重要だと言われるようになったのでしょうか?

曽和:その言葉が「何のためのものか」の違いではないでしょうか。愛社精神は、企業のためのものといったニュアンスが強いですが、ロイヤルティやエンゲージメントは「個人のモチベーションを向上させるもの」といった意味合いが強い。会社起点の言葉なのか、個人起点の言葉なのかの違いがあると思います。

──「個の時代」という言葉をよく聞くようになりましたが、世の中全体が個人主義的なイデオロギーに傾いているということなんですかね?

曽和:そうだと思います。NHKが2000年から2005年にかけて、『プロジェクトX』という番組を放送していましたよね。あるプロジェクトを成し遂げたチームにフォーカスを当てた番組でした。現在、NHKが放送している仕事に関するノンフィクション番組は『プロフェッショナル 仕事の流儀』がその代表。チームではなく、個人にフォーカスを当てる番組に変化したんです。

『プロジェクトX』で紹介されているのは、世界経済の中で日本が大きなプレゼンスを持っていた時代の出来事が多かった。結局、日本の強さは『プロジェクトX』的な、組織としての一体感やチームとしての総合力だったのではないかと思うんです

──面白いですね。組織力を軽視した結果として、日本の企業は競争力を失ってしまったのではないかと。

曽和:あくまでも一要因ではありますが、そう思います。日本経済が世界に大きな影響力を持っていた時代から、日本人のパーソナリティは大きく変化していないはず。しかし、組織づくりは、より個人の志向を尊重するように変化していきました。

もちろん、それ自体は悪いことではありません。でも、あまりに個人主義的なイデオロギーが強くなりすぎた結果、本来持っていた日本の組織の良さが消えてしまっているようにも感じるんです。無思考にイデオロギーだけを導入しても、組織を形づくる個人のパーソナリティにその思想がマッチしていなければ、強い組織はつくれませんよね。

“Zoom飲み”が疲れるのは、認知資源を無駄にしているから

──最近では新型コロナ感染症の影響もあり、オフラインでのインフォーマルな場作りは難しくなっています。オンラインコミュニケーションを通じて、メンバー間の親密性を高めることが今後の組織づくりでは重要になると思うのですが、現実的に可能なのでしょうか?

曽和:メンバーそれぞれが、言語を通じた自己開示力を高める必要があるでしょう。そもそも、インフォーマルな場にお酒が付き物だったのは、日本人には内向的で自己開示が得意でない人が多いから。お酒の力を借りてなければ自己開示が進まないといった事情があったので、飲み会がインフォーマルコミュニケーションの中心的な役割を担っていた。

自身の考えや主張をしっかりと言語化できるメンバーが揃っていれば、オンラインで親密性を担保することは可能です。しかし、非言語コミュニケーションに慣れている日本人にとって、全てを言語化することは容易なことではありません。

──日本人はオンラインコミュニケーションに不向きということですか?

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曽和:オンラインコミュニケーションの特徴は、非言語の要素が極端に削がれる点にあります。日本人が得意とする相手の目線や仕草から、感情や言いたいことを読み取るといったことができなくなるんです。

エリン・メイヤーという学者が『異文化理解力』の中で、「日本は世界でもっともハイコンテクストな社会だ」と指摘しています。日本人は無意識のうちにたくさんの情報を共有しているのだと。だから、すべてを言語化せずともコミュニケーションが成り立っていたんですよね。

しかし、オンラインの世界は、言語化しないと何も伝わらない。人間は適応力が高い生き物なので、次第にオンラインコミュニケーションにも慣れていくとは思いますが、短期的に見れば、オンラインで親密性を高めることには苦労すると思いますよ。

──2020年の緊急事態宣言下では“Zoom飲み”が流行りましたが、すぐに廃れてしまった印象があります。僕も1度やってみたのですが「合っていないな」と感じ、それ以来ほとんどやっていないんです。それも、非言語情報が読み取りにくいといったことに関係がありそうですね。

曽和:オフラインの飲み会とオンラインの飲み会は、全く違うものですからね。オフラインであれば「何を言っているかはわからないけど、雰囲気で会社を愛していることは分かった」みたいなことってあると思うんです。“Zoom飲み”では、そういったことは伝わりにくい。オフラインでは感じられていた"何か”が、オンラインでは全く感じられないことへの気持ち悪さを多くの人が感じたのだろうと思います。

──飲み会もそうですが、個人的にオンラインコミュニケーションってすごく疲れるんですよね。

曽和:その疲れは認知資源を無駄に使っていることに起因するものだと思いますよ。コミュニケーションする際、僕たちは五感をフルに使って情報を集めています。オンラインだとそれがずっと空回りしてしまうんですよね。オンラインであれば得られた情報が、認識資源をフル動員しても得られていない状態なんです。

脳がまだその状態に慣れていないんでしょうね。なんとか情報を得ようと認知資源をどんどん投下してしまう。そりゃ疲れますよね。その疲れが、オンラインで親密性を担保する弊害になっている要因の一つだと思います。

“withコロナの時代”のコミュニケーション論に、正解はない

──オンラインでも認知資源が無駄にならなければ、疲れずにコミュニケーションが取れ、親密な関係を築けるようになるということでしょうか?

曽和:その可能性はあると思います。たとえば、ラジオに温かさや親密さを感じる人は多いですよね。この現象を研究した学者が出した結論はラジオは認知資源が無駄にならないメディアだから」なんです。

視覚やその他の感覚を使わず、聴覚にだけ集中すればいいので疲れない。この心地よさが親密性につながっていると。現在、オンラインミーティングではなんとなく顔を見せ合うことが多いですが、これも変わっていくかもしれないと考えています。

──オンラインでのコミュニケーションや業務推進の“正解”はまだ出ていないんですね。

曽和:仕事の進め方といった話だと、「アイデアを出し合う仕事はオフラインで」と考えている会社が少なくないように思いますが、オフラインでアイデアを出すよりも、テキストチャットの方が発想性や拡散性が高まるといった研究もあるんです。いいアイデアを出すためには、会議室に集まるよりも、テキストで意見を出し合った方がいいと。

会議室であれば、非言語コミュニケーションが起こりますよね。「あの人のこういう意見に部長が顔をしかめた」といった情報を無意識に集めてしまい、それが発想に影響を及ぼす。テキストではそういったことがありません。

オンラインコミュニケーションといっても、映像・音声・テキストがあります。そのバランスや、業務ごとの向き不向きに関しては、もっと議論される余地があると思いますよ。

──オフライン、オンラインを問わず、組織におけるコミュニケーションのあり方は議論を続ける必要がありそうですね。

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曽和:先ほども言ったように、人間は環境に適応する生き物。10年経てば今日話したことが全部ひっくり返っているかもしれませんし、技術も進歩するでしょう。人の適応力と技術進化によって、オンラインでも十分に非言語情報を読み取れるようになるかもしれない。

これだけ急激な働き方の変化を経験した人はいませんし、誰も正解を知っているわけではありません。組織ごとにコミュニケーションの最適解を考え続ける必要があると思いますね。

──ありがとうございます! 今度は久しぶりにお酒を飲みながら、お話を聞かせてください! 可能であれば、直接お会いしたいです(笑)。

取材・執筆:鷲尾諒太郎
編集:友光だんご

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