【Web記事を味わいつくす座談会】「すごいおじさん」紹介記事はどう生まれた?
SNSを眺めていると、毎日たくさんのWeb記事に出会いますよね。ただ、読んだ時には「面白いな〜」と思っても、次の日にはもうあまり内容を思い出せない。そんな経験はありませんか?
せっかく気持ちを込めて作った記事が、すぐにインターネットの海に流され、忘れ去られてしまうのはもったいない。インスタントに消費されるのではなく、もっと奥深い世界を味わってほしい──CAIXA編集部はそんな想いから、Web記事について語り合い、味わいつくす座談会を開催しました。
今回取り上げる記事は、2020年9月、どこでも地元メディア『ジモコロ』で公開された「千葉で生まれた『ミネラルじいさん』の土掘り物語」。「ミネラルじいさん」こと浅野さんは、「地方のすごいおじさん」を取り上げるジモコロのなかでも、「年に一人出会えるかどうか」というレベルの人だといいます。
「ミネラルじいさん」の面白さとはなにか?制作過程から読後に考えさせられたことまで、CAIXA編集部が余すところなく語り尽くします。
(文:石田哲大、編集:小池真幸)
【登場する人】
友光だんご:Huuuu編集部長。「ミネラルじいさん」を執筆した人。犬の民芸品を集めるのが趣味。
日向コイケ:Huuuu所属、イラストレーター/ライター/編集者。銭湯と飲酒をこよなく愛している。
小池真幸:編集者。もともとモメンタム・ホースに所属。最近、重い腰を上げて、積立投資をはじめました。
鷲尾諒太郎:ライター/編集者。もともとモメンタム・ホースに所属。小汚い立ち飲み屋さんで飲むことが好き。
取材に4時間、記事化に1ヶ月かかった
小池:「千葉で生まれた「ミネラルじいさん」の土掘り物語」、とても面白かったです。読み終わった後、色んな考えが頭に浮かんでグルグルしてきて、ぜひ感想を語り合いたいなと。まずボリュームからして、相当な力作ですよね。
だんご:そうですね、9,000字ほどで、ジモコロのなかでも長めです。
小池:実際、これを作るのにどれくらい時間がかかるのでしょうか?
だんご:取材は大体4時間くらい。記事化には全部で1ヶ月ほどかかりました。
小池:Web記事にしては、かなりしっかりと時間をかけていますね。
だんご:リード文を書くのが難しくて、どうしたらいいかずーっと考えてましたね。ジモコロ編集長の徳谷柿次郎に相談しながら、土を触っている演出と、「おこがましいと思わんかね」ではじまる導入部が決まって、ようやく本文を書きはじめられました。ジモコロの記事は、リード文を書くのが一番難しいんですよ。
あと浅野さんの話がどれも面白くて、記事にできる要素が多すぎる問題もありました。本当は構成を決めてから書きたかったんですが、要素が多すぎてまとめきれず、結局頭から書いていきました。リードを書き終わって、あの順番で話がハマるまで、1週間ほど少しづつ書き進めて、ようやく完成した感じです。
「強いジジイになるには?」──企画を貫く問いにたどり着くまで
小池:ジモコロには「地方のすごいおじさん」系の記事がたくさんありますが、その制作プロセスが知りたいです。僕と鷲尾さんは普段、ビジネス・テクノロジー領域の記事を制作することが多いのですが、作り方もまったく違ってくると思うんです。
鷲尾:まず、どうやって全国各地のおじさんを見つけてアポイントを取っているのでしょうか?
だんご:前にジモコロで取材した方から紹介いただくことが多いです。浅野さんの場合は、代々木上原で「sio」という飲食店(旧店名Gris)を運営している、「海賊シェフ」の鳥羽周作さんに「千葉にすごい農家さんがいるからぜひ会ってほしい」と引き合わせていただいたんです。
鷲尾:編集部が「この人を取り上げよう!」と企画するのではなく、過去に出会った「すごい人」が繋いでくれるんですね。
さらに気になったのですが、取材前に企画や質問をどれくらい用意しておくのでしょうか?鳥羽さんから紹介されるまで、浅野さんのことは全く知らなかったわけですよね。どんな話が出るか分からないでしょうし、取材準備が難しいのではないかと思いました。
だんご:そうなんですよ。じつは浅野さんの取材も、直前まで何を聞くか決めてきれなかったんです。行きの車の中でまで柿次郎さんと議論してようやく、「何を食べればそんなに強そうになれますか?」とだけ聞こうと決まりました。
鷲尾:なぜそんなテーマに(笑)。
だんご:柿次郎さんが「すごいおじさんたちって、だいたい元気で強そうだけど、やっぱり都会人と食べてるものが違うんじゃない?」と仮説を立てたんです。実際、地方で会う面白い人たちって、ご高齢でも肌がツヤツヤしてたり、エネルギーがとにかくすごくて。
小池:その切り口で取材に臨んだからこそ、ミネラルの話を聞けたわけですよね。ちなみに「ミネラルじいさん」というネーミングはどうやって決まったんですか?
だんご:「ミネラルじいさん」は、取材帰りの車の中で柿次郎さんが命名しました。以前僕が執筆した「マッドサイエンティスト農家」も、柿次郎さんが名付け親です。柿次郎さんは、記事の核になる強烈なコンセプトをつくるのが得意で。
コンセプトが決まったら、さらにライターさんと何度も壁打ちして、「リード文をどうするか」「どんな話の展開で書くか」などを擦り合わせます。この「執筆前に完成イメージを共有する」編集工程によって、ジモコロらしい面白さが宿った記事を生み出しています。
結局「ミネラル」って何?あえて曖昧さを残す意味
小池:結局「ミネラル」って何なんでしょうか?この記事では明言していないのが気になって。
鷲尾:たしかに気になります。
だんご:定義は少し複雑なのですが、カルシウムや亜鉛に近い成分をイメージしてください。
小池:Wikipediaを見てみましょうか。
引用:ミネラル(mineral)は、一般的な有機物に含まれる4元素(炭素・水素・窒素・酸素)以外の必須元素である。無機質、灰分(かいぶん)などともいう。蛋白質、脂質、炭水化物、ビタミンと並び五大栄養素の1つとして数えられる。(Wikipediaより)
だんご:じつはミネラルの詳細にどこまで触れるべきか、かなり気を遣いました。浅野さんはミネラル至上主義者ですが、ミネラルの専門家ではありません。本当は取材でもっと色々なことを語っていただいたのですが、最終的には「栄養はいらない、ミネラルが大事」と曖昧さを残しつつ、その重要性を強調する表現に落とし込みました。
小池:結果的に、僕はこの書き方がすごく良かったと思いました。ミネラルについて、健康や精力増強など、さまざまな断面から語る。でも結局、ミネラルが何なのかは明示されない。これによって、読者が各々の「ミネラル」像を組み立てていける仕掛けになっています。読者に考える余地が残されていて良いなと感じました。
だんご:あと、浅野さんが「全部ミネラルだ!」って言い切るから面白いんですよ。「ええ……? ほんとに?」と感じる、半分真実だけど半分疑わしい、話の展開を楽しめるというか。
こうした表現方法は、とてもジモコロらしいと思っています。ライター本人が登場人物になるジモコロの形式では、読者に近い立ち位置で「ちょっとよくわからないんですけど」と言いながら話を聞けるんですね。
普通のかっちりしたインタビューでは、なかなか「わからない」とは書きづらい。誤った事実を伝えてはいけないし、「わからないことは書かない」のはライターとしての鉄則の一つですから。でも一方で、「わからないから面白い」ことも世の中にはあると思うんです。それを正直に書くことも、僕はひとつの表現なんじゃないかと。ジモコロの会話形式では、インタビューに「余白」を残せます。その余白があるぶん、「わからないから面白い」ことも表現できると思うんですよ。
言語化してはいけない──語らないことが「余白」を生み出す
鷲尾:それで言うと、「エロさ」とか「フェロモン」も具体化されていないですよね。浅野さんは「エロい料理をつくれ!」と言ってましたが、正直「それどういうこと?」って思うじゃないですか。でも、あえてその部分にツッコミを入れてない。
「エロい料理」って想像力をかきたてられますよね。皆さんも読みながら、「エロい料理って、こんな感じの料理かな?」って想像を巡らせたと思うんですよ。わざわざ定義したり、明確に言わないことで、余白が生まれている。
小池:言語化してはいけない表現ってありますよね。よく精神分析系の哲学などでも語られますが、そもそも言語それ自体が、何らかの枠組みやルールを提供するものであるはず。したがって、社会のルールとか暗黙の了解から離れた、非日常性に対する興奮のようなものは、定義上、言語化することが不可能な面もある。
浅野さんが言う「エロさ」や「フェロモン」も、言葉にした瞬間、既存の枠組みに取り込まれて、魅力が失われてしまうような気がするんです。
だんご:僕の大学での卒業論文のテーマが、小説家・松浦理英子についての作家論だったんですが、まさにそうしたテーマを扱っていました。彼女の小説では異性愛や性器結合的な愛ではなく、代わりに同性どうしの愛や人と犬の種を超えた愛、あるいは「友愛」といった関係が描かれます。その理由が「ひとつの愛の形に押し込めることで、他の愛の形や可能性が削がれるから」。
「ひとつの形に押し込めると、こぼれ落ちるものがある」点では、言葉も近しい面があると思っています。「エロス」を言語化すること自体が、多様な在り方や可能性をひとつの型に押し込める、とても野暮なことなんじゃないか、みたいな。
……なんだか話が難しくなっちゃったんですけど、ジモコロみたいな会話体の文章は、そのものずばりを言い表すのではなく、会話の掛け合いを通じて迂回しながら表現できるのが良いと思ってます。「エロス」や「フェロモン」のような言葉を様々な角度から語ることで、少しづつ本質がわかってくる表現ができるんじゃないかな、と。
鷲尾:ジモコロのような「余白を残せる」媒体は、言語化してはいけないことを迂回して届ける表現と相性が良いと。勉強になります。
地産地消が好まれるのはなぜ?食文化と土地の関係性を考える
鷲尾:あと単純に不思議に思っていたことなんですが、よく「その土地で取れたものが一番美味しい」と言われるじゃないですか。料理に対するこだわりが強い人ほど、「地のもの」が一番だとか、その土地でとれたもの同士が最高のマリアージュを生むいった話をしますよね。なぜなんでしょう?
だんご:水が関係していると聞いたことがあります。魚は海水に生息しているし、酒と米も、野菜も水が重要。地酒が地元の魚とよく合うのは、水が一緒だからじゃないかという説がありますね。
日向:最近読んだ本で「身土不二」という仏教用語を知ったんですが、まさにそういう内容でした。人間はその土地で暮らしている以上、大地と切り離せない。土地からとれた食べ物が僕たちの体を作るし、気候も含めて一番適している。だから土地を大事にして、できる限りその土地でとれた旬ものを食べようという思想ですね。
だんご:日本は土地ごとの環境や気候差が激しいので、土地ごとに食文化が独自発達しているんですよね。江戸時代の頃から、それに目をつけた幕府が土地ごとでつくれる特産物を「商品作物」として栽培を奨励しています。徳島の藍とかは代表例ですね。
鷲尾:編集者・若林恵さんが『さよなら未来』の中で「『食』は均質化されない」と書いていました。全世界にマクドナルドのようなファストフードが浸透しても、人間の慣れ親しんだ味覚はそうそう変わらないし、「全員こういう味が好き」とはなりづらい。日本でも関西の人と東京の人で味覚は全然違います。食は文化として維持されやすいので、食を切り口に土地について考えるのは面白いみたいです。
だんご:「地球温暖化で百年後の食文化はどう変わるのか?」をテーマに取材をしたことがあるんですが、意外にも「そんなに変わらないのでは?」という話になったんですよ。
たとえば東北で寒所に適した食物がとれなくなっても、もう少し北上して、北海道とかに行けばとれる。とれる場所が変わるだけで、少しの距離を輸送すれば、食卓に並ぶものは変わらないですむと。そういう意味でも、食文化は変わりづらいのかもしれません。
小池:でもそれって、結局、土地の固有性が失われてしまいますよね。東北で魚がとれなくなったら、北海道から仕入れればいいという発想。これは1990〜2000年代に「マクドナルド化」「ファスト風土化」といったキーワードで地方都市の画一化が批判されてきたのと同様に、文化の固有性が失われいるともいえるのではないでしょうか。
だんご:そうなんですよ。食べられなくなるわけじゃないけど、文化には影響します。その土地の気候は、食の特産品、祭り、家、伝統衣装といった全てに結びついているので、気候変動によって文化が失われる可能性があるんです。
自信作なのに、バズらない……紹介する“文脈”の重要性
日向:だいぶ話が広がりましたね(笑)。それはそうと、ジモコロ編集部としては自信作だった「ミネラルじいさん」ですが、思ったよりPV数が伸びなかったんですよね・・・。
だんご:シンプルな反省としては、先ほども触れたジモコロの「すごいおじさん」シリーズの前作「マッドサイエンティスト農家」などと比較すると、タイトルの間口が狭かったのかも?と。「ミネラルじいさん」や「土掘り物語」と、パッと見でイメージが湧きづらかったのかなあと。書き手としては「めちゃめちゃいいタイトル!」と思ってたんですが(笑)。
「ミネラルじいさん」がバズる世の中はめちゃくちゃ最高だと思うけど、なかなかそうはならないんだな〜、というのが悩みです。
日向:でも、今回の浅野さんはかなり実績があって、もともと注目されている人ですよね?
だんご:そうそう。『プロフェッショナル』と『情熱大陸』に両方出ている、なかなか稀有な人です。
小池:浅野さんは実際すごい人ですよね。少し調べてみたのですが、日本にはなかったルッコラやタルティーボといった西洋野菜の生産にいち早く取り組み、全国の有名レストランのシェフから絶賛され、100店舗以上と取引しているそうです。「オーガニックの第一人者」みたいな切り取り方もできるし、実際そういった方向でまとめている他媒体の記事もたくさんある。
でも、ジモコロは「人間としてのすごさ」にあえて焦点を絞り切っているのが素晴らしいなと思っていて。それでこそ、ジモコロで取り上げる意味があると思いました。
だんご:ジモコロは「すごいおじさんを記事にするメディア」というパブリックイメージが出来てきていますね。最近は「こんなすごい人がいるから、ジモコロで紹介して欲しい」という紹介が増えてるんですよ。とても良いことです。
とはいえ、浅野さんは年に一人出会えるかどうか、といったレベルのすごさでしたね……。こういった人をどんどん発見し、世に広めていきたいです。
小池:「今後こういう記事を出していきたい」といった構想はありますか?
だんご:おじさん一色のメディアになってきてて、そろそろジェンダーバランスが良くないんですよね……。もっと女性を取り上げたいと思っています。
小池:たしかに、すごい女性の方も取り上げてほしいですね。ありえないくらい人生経験豊富なスナックのママとか、探せばけっこう見つかりそうな気がします。
鷲尾:絶対いっぱいいますよ。むしろ取材してほしい人がいるくらい(笑)。
だんご:じつは、最近「スーパーおばあちゃん」を取り上げた記事が公開されてます。長野の諏訪に住んでいる91歳の方なんですが、元女性議員で、女性の政治進出活動をずっとやってきた人です。こちらも是非読んでみてほしいです!
[了]