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いま必要なのはCareとCheer。生き延びるための #みんなのご自愛術

皆さん、「ご自愛」してますか?

急に言われても……な人が多いかもしれませんが、「どうぞご自愛ください」とビジネスメールで書く、アレのことです。

世界的に未知のウイルスが流行、史上初めて「緊急事態宣言」なるものが出されて外出を自粛し、知人とも会えず、好きなお店にも行けなくなった。こんな状況だからこそ、「ご自愛」が必要なのではないか。

そう考える編集者3人が集まり、zoomで対談しました。

【登場する人】
西山武志……最近シルバニアファミリーのキャラクターたちが横一列に並んで「生きているからLUCKYだー♪」と歌っている夢を見た。『パンプキンシザーズ』が完結するまでは何としても生き延びたい。

友光だんご
……ベランダガーデニングを始めて「芽吹く」って最高だなと思っている。Netflixのオリジナルドラマ『愛の不時着』にハマり中。

山中康司
……メンタルが弱ってるのか子猫の動画観ただけで涙が出るようになってきた31歳。自律神経乱れがちなのでご自愛は喫緊の課題。最近はiPadでお絵描きを始めて童心にかえる日々。


KICK THE CAN CREWも「下がっててもいいよ!」って言ってる

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左上から時計回りに:西山武志、友光だんご、山中康司

山中:自分の心身のコンディションに目を向けるのが「ご自愛」の第一歩だと思うんです。バリバリ働いてるサラリーマンが電車の窓に映っている自分を見て、「あっ俺、疲れてる。やばい」みたいな。その瞬間にご自愛が始まる。

だんご:疲れていることに気づけない時が多いですよね。最近の状況でいうと、テレワークの人が増えてるじゃないですか。ひとりでずっと自宅作業をしていると起こりがちだと思っていて。

西山:ひとりじゃ相対化できないもんね。誰かに言われて気づくことが多いと思う。もう少し言うと、「いま調子悪いな」「傷ついてるな」と気づいて、その下がってる状況を受け入れるところまでが「ご自愛」だと思うんです。「下がっちゃダメ」って意識を持たずに、下がってることを受け入れる。

たとえば低気圧とかPMSによる不調とか、自分じゃどうしようもできないものもある。そういうの含めて「自分で調子を全部コントロールできない」って認識を持つことが大事なんじゃないかな。

山中:KICK THE CAN CREWも「上がってんの? 下がってんの? はっきり言っとけ」って歌ってるし。

西山:アゲの曲に聴こえるけど、歌詞だけ見たら「下がっててもいいよ!」って言って解釈もできるね!

だんご:ご自愛の曲だったんですね(笑)。

山中:そうそう(笑)。下がってるって言いやすい場があるといいよね。

西山:メンタルがぴえんな人たちって、多分「下がってる自分はダメだ」と責めがちな気がする。でも「調子が上がることもあれば下がることもある」って、みんなにとって自然なことなんだよね。マイナス思考になりがちな人に「もっと自分を許して、愛していいんじゃない?」ってニュアンスがある「ご自愛」って言葉は、ちょうどいい支えになると思うんです。


自分の置かれた状況を、最大限に面白がる

西山:「ご自愛」の何がいいかって、あまり押しつけがましくないんだよね。「結局はあなたのことだから、あなたがあなたを大事にしてくださいね」というニュアンスがある。

だんご:「大丈夫?」って聞かれるのも、つらい人はつらいって言いますよね。だけど、ご自愛は距離感がちょうどいい気がするんです。自分のことは自分で何とかするのが基本だと思うけど、「心配はしてるし、SOS発してくれたら助けるよ!」みたいな。

西山:いま「自愛」の意味をググってたんだけど、倫理学では「自己保存の本能に基づいて、自己の幸福を求める自然的性向」って意味らしいよ。

ちなみに「自愛」と「自己愛」は明確に違うみたい。後者は「ワクワクする学びや、それを喜んで継続反復しようとする動機と実践に欠けていること」なんだって。

だんご:自愛がポジティブで、自己愛がネガティブってことですかね。

西山:ほかの辞書だと、自愛が「自らを大切にすること」で、自己愛は「ナルシズムに同じ」と書いてある。ナルシズムは「自己を愛し、自己を性的対象とすること。転じて自己陶酔、自惚れ」だって。

「自己愛=陶酔」と考えると、それはある種「困った現状を受け入れないための理論武装」なのかな。自愛は「困った現状を受け入れたうえで、それでも何とかやっていこうぜ」みたいな感じ。自分ではどうにもならない外的な要素を受け入れられるか否かで、「自愛」と「自己愛」に分かれるのかも。

山中:まさに今の状況だよね。コロナの不安に、どう相対するか。

西山:状況を受け入れないで「俺は大丈夫、かかるわけないから」って外を出歩いちゃうのは、都合のよい情報だけで武装をしている「自己愛」的な行動なのかもね。

だんご:自愛は現状を受け入れた上で「できる範囲で仕事しよう」とか、できる限り心地よく過ごせる環境を自ら作り、さらに面白がる、みたいなことなんですかね。

西山:そうだね。厳しい状況ではあるけど、悲観しすぎても落ち込んでしまうだけだから、できるだけ前向きに面白がっていきたいよね。

だんご:「置かれている状況を面白がる」のは大事ですよね。「ご自愛術」って言葉がまさにそうで、ライフハック的に言うことで面白がってるニュアンスを感じるんです。

僕は『花のズボラ飯』って漫画が好きなんですけど、あの作品では自分の料理を実況してみたり、雑な料理でも美味しい!と言ったり、ありのままの生活をできるだけ面白がっている。そこが通じる気がしていて。

西山:何気なくやっている自分の行為を見つめなおして「うまいことやってんじゃん!」とか、「天才じゃん!」って自分で思えるといいよね。

だんご:「これ、めっちゃご自愛してんじゃん!」みたいな。「ご自愛術」って呼ぶことで、自分の普段の行動も面白がれるし、いいことをしている、と肯定的に捉えられるのかも。

西山:やっぱ、人も自分も、褒めるの大事だなあ。


ご自愛は「Care」と「Cheer」に分けられる?

だんご:最近、運動不足を解消しようとNintendo Switchの『リングフィットアドベンチャー』をやってるんです。あれってすごく「ご自愛ゲーム」なんじゃないか、と思ってて。

山中:ほほう。どういうこと?

だんご:ゲームの中で筋トレするわけですけど、筋トレの妖精みたいなキャラが「いい感じ!」とか「輝いてる!」とかめちゃくちゃ褒めてくれるんです。なんかすごい嬉しくて、メンタルが回復する気がして。

山中:ああ、なるほど! ご自愛を英語にすると「Care」と「Cheer」の二種類の意味があるってことかもしれない。楽しむって心の持ちようと、弱っている自分を認めるのは心の機能が違うけれど、ご自愛には両方含まれている気がする。

西山:へこんでいる時の「Care」と、上がっていく状態に対する「Cheer」!

だんご:「ご自愛はCareとCheerに分かれる」ってことですね。

西山:ヤバい、格言っぽい(笑)。

だんご:リングフィットアドベンチャーって、筋トレに対して、「いいよ!あと少し!」みたいに、めっちゃ褒めてくれるんですよね。あれはCheerのほうかもしれない。体を動かすこと自体はCareっぽいから、両方含まれていそうです。

『あつまれ どうぶつの森』もいま流行ってますけど、あれはCareが強いのかな。SNS上の殺伐とした情報ではなく、疑似的な自然の環境に身を置いて、精神を癒すみたいな。

山中:そういう「ご自愛コンテンツ」はいっぱい挙げられますよね。ご自愛ゲームとか、ご自愛映画とか、ご自愛漫画とか。

西山:めっちゃわかる。最近さ、ご自愛力高めるために『ボディビルのかけ声辞典』買っちゃった。なんかめちゃくちゃな褒め言葉がいっぱい書いてあるんだよ。「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」みたいな(笑)。

西山:それで言うと、コウペンちゃんも尊いよね。「寝て起きたの?えらい!」とか「だらだらしたの?えらい!」とか、当たり前のなんでもないことに対して「それではなまる!」って言ってもらえる感じ、まさにご自愛の塊だわ。

だんご:Care寄りだけど、Cheerも含んでますよね。でも、メンタルがめちゃくちゃ落ちてる時には、コウペンちゃんみたいな肯定も辛くなっちゃうんですかね?

西山:褒めを素直に受け取れないっていうのは、僕もそんなに詳しくはないのだけど、メンタルモデルに何らかの不具合があるのかもしれない。メンタルモデルについては、友人の三好くんがnoteでわかりやすく解説してるから、ぜひ読んでみてほしいな。

山中:僕もこの前、三好くん取材したよ! ご自愛の入口に立つまでに、メンタルモデルが邪魔をしちゃっていることは確かにあるかもしれない。

西山:「自分なんて○○だ」というネガティブな思い込みが、褒めをはねのけるATフィールドみたいになってるのかもね。まずは、人からの褒めを素直に「ありがとう」と受け取ってみる。それと一緒に、自分を褒めることも素直に認める。それを少しずつ実践していけると、ご自愛力は高まっていく気がするな。


ご自愛のためのライフハック

西山:「こんな自分はダメだ」とか「自分は褒められるべきではない」みたいな思い込みが強いと、どんどん自分を傷つけて、へこむ方向にいっちゃう。その負のループを止めるためには、思い込みを弱められるといいのだけど、それは長年培ってきた思考のクセだから、きっと「直すぞ!」って思ってもなかなか変わらないんだよな。だからこそ、小さな行動から変えていけるといいのかなって。

それこそ、この前みんなでえっちゃん(市原えつこさん)の取材をした時に聞いた「毎日、日記を書いて今日の自分を褒める」って習慣は、ホントに素晴らしいなって感じた。えっちゃんはそうやって、自分が自分をちゃんと評価したり、褒めを練習していった。小さな行動を積み重ねて、ネガティブな思考のクセとは別に、ポジティブな思考のクセをつくっていったんだよね。

山中:この前、茶道をやっている人と書道をやっている人の対談を取材したんです。そこで2人とも、茶道や書道を通して自分のコンディションに気づけると言ってて。

例えば、気持ちがざわざわしていると、最初の筆が粗くなる。何枚も書いていくなかで、段々と気持ちを整えていくみたいな感じらしいんですよね。茶道も気持ちが整ってないと、ミスしちゃったり、味がおいしくなかったりするらしくて、そこで自分のコンディションが良くないって気づけることがある、と。

だんご:面白い! 「ご自愛チェッカー」みたいなことですね。

山中:そうそう。「これをやっているときの自分の状態」を測れるもの。

西山:そこで誰もが始めやすいのが、えっちゃんもやってた「日記をつける」って行為なんだろうな。書くことは誰でもできるし、継続していくと振り返りも可能になる。「何もない1日でした」って1週間書き続けてたら、さすがに「あれ、自分メンタル病んでる?」って気づけるだろうし。書き残すことで、自分の状態を客観的に見られるようになる。

山中:振り返りも大事にしつつ、せっかくだから「自分のいいところとか、今日の良かったことを1個でいいから日記に書く」って前向きな決まりを作るのはよさそう。「3食ちゃんとご飯を食べた!えらい!」とか。

だんご:心のなかにコウペンちゃんを飼うわけですね。「自分えら〜い!」と言っていくのが大事だ。


誰かの助けを借りるのも「ご自愛」?

だんご:なんか「自分えら〜い!」って自分で言ってる感じがいいと思うんです。人に押しつけ始めると、おかしなことになりそうだなと。ご自愛はあくまで「自分を自分で癒す/励ます」ってことだから、距離感がちょうどいい気がしていて。

西山:「私が私を大事にする」って話だよね。

山中:すごい先の議論だけど、「ご自愛の限界」も考えなきゃなと思っていて。

西山:ご自愛の限界! なんか山中くんがご自愛評論家に見えてきた(笑)。

山中:もう、ご自愛評論家だから(笑)。例えば、ALS(筋萎縮性側索硬化症)みたいに、体が動かなくて誰かの助けがないと生きていけない人に「ご自愛してください」と言えるのか?みたいな話なんですけど。

今のは極端な例だけど、うつの人は、自分でやれることはやっているかもしれない。そのなかでどこまでご自愛して、どこから助けを借りるかみたいな、ご自愛の限界も認識しておく必要があるのかなと思うんですよね。

西山:今の話を聞くと、助けを求めるところまで含めて「ご自愛」なんじゃないかな。「もう無理」ってなった時に、人に助けを求めることも「ご自愛」の選択肢になりうるはず。そう思うと、ご自愛って、必ずしも自分一人で完結するものではない気がしてきたな。

だんご:「健やかな状態」って人によって違うじゃないですか。だから、それぞれがそれぞれにとっての健やかな状態であろうぜって話だと思いました。

例えば、体が動かない人は、体が動かない人なりの健やかな状態がある。だから、そこに達するために、他の人の助けを借りるのもご自愛なのかなと。その「健やかな状態」を他人が勝手に定義しちゃうと、話が違ってくるのかもしれないですね。

山中:「Co-ご自愛」みたいなのが必要な気がする(笑)。つまり「“共に”ご自愛する」。1人じゃ「ご自愛」できないって話だと思うんですよね。みんなでご自愛術を学び合うとか、みんなでやったほうがいいと思います。

西山:みんなでって姿勢は大事にしたいよね。自分にとって大事な人を大事にすることも、回りまわって「ご自愛」になるんじゃないかなと思う。

山中:面白いね。ご他愛がご自愛になるというか。

西山:その一方で、時と場合によっては「繋がりから離れる」のもご自愛に含まれるかもしれない。

 必ずしも「いつでも誰とでもみんなで愛し合おう」って話でもなくてさ、「私は私を大事にするから、あなたもあなたを大事にしてね。できるだけ、あなたの大事も尊重したいから、何が大事なのか教えてね。私も伝えるね」という合意をお互いに持っておけるといい、というか。そう考えると、人との関係性の中では「ご自愛」と「ご他愛」は繋がっているんだろうなあ。

だんご:なるほど。

西山:ご自愛は「自分の状態をちゃんと見つめよう」ってことなのかなと思えてきた。自分が何者で、何をしたくて、何に傷ついて、何に喜びを感じて、現状はどうなのかを考える。そうやって自分とちゃんと向き合い、自分が感じていることに素直になり、やりたいことをやる。究極は「自分と向き合おうぜ」って話になってくるのかな。

そういう話で言うと『世界は夢組と叶え組でできている』って本がめっちゃいいんですよ。著者の桜林直子さんがこの本を通して言っているのが「ガマンをしないで苦労をしよう」って話なんですよね。

西山:「どうせ自分なんてできない」と言って、自分の欲に目を背けてガマンしている状態は、きっとご自愛的にはNG。いろんな要因で蓋をしてしまっている「自分が本当は何をしたくて、どうありたいのか」に向き合い、そこに向かうための苦労をちゃんとしよう。そして、「“ガマン”も“苦労“も結局はどちらも大変なのだから、それなら望む方向に進む“苦労”のほうがよくない?」……みたいなことが書いてあるんです。

だんご:「ご自愛」だけ聞くと「自分を労って楽をする」ニュアンスに聞こえますけど、「ご自愛のためにする苦労」もありそうですね。

西山:「自分を一番傷つけていたり貶めていたりするのが自分自身だった」、ってことは意外とあると思う。自分を「こうはなれない」と決めつけちゃってる。

「『自分は不幸だ』と決めつけたほうが、満たされない現状を人のせいにできて楽ではある」ってことも、この本書かれていてさ。個人的にめっちゃ刺さった。あと、自分で自分を褒めたり認めたりするのが苦手な人こそ、誰かの言葉を素直に受け取って「もしかして才能あるかも」と調子に乗るのが大事、とか……引用したい部分が多すぎて困るわ(笑)。

本質的な自分と向き合って、真の“ご自愛ニスト”を目指していく上では、『世界は夢組と叶え組でできている』はかなり効く本だと思います。あと、些細な日常に目を向けて愛でる力を養うって意味だと、夏生さえりさんの『今日は、自分を甘やかす』とかもいいんじゃないかな。

だんご:「この本、ご自愛だよね」って本をそれぞれ紹介しあう、ご自愛本の会があってもいいですよね。

山中:みんなのご自愛術やご自愛コンテンツ、集めたいですね。

西山:個人的にもご自愛文脈で紹介したい本、まだまだたくさんいあるよ!!

だんご:次回はぜひ、それを発表し合う会をやりましょう!

執筆:友光だんご

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