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スタートアップ化する社会で、僕たちはどう生きるか|ベンチャー投資家・高宮慎一×長谷川リョー

「10年後はこんな仕事がなくなり、こんな仕事が生まれる」
「誰もが“好きなこと”で食べていけるようになる」
「論理的思考力はAIに代替されるので、アーティスティックな感性を持つ人間が活躍する」

…世の中には、さまざまな“未来予測”が溢れています。

終身雇用、年功序列、郊外の一軒家…20世紀には当たり前だったもものの価値がゆらぎ、誰もが大きな不安を覚えているからこそ、「未来はこうなる」といった言説を求めてしまうのかもしれません。

“一億総未来予測社会”に突入しつつあるいま、CAIXA編集部は、「日本でトップクラスに未来を見通せている人物」に話を伺ってきました–––ベンチャーキャピタリストの、高宮慎一さんです。

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グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー・高宮慎一さん

高宮さんは、メルカリをはじめ多くの成長スタートアップへの投資を重ね、2018年の「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家」にも選ばれました。ベンチャーキャピタリストは、成長しそうなスタートアップや起業家を探し出し、その可能性を信じて投資するのが仕事。言わば、未来予測のプロです。

ローカル領域に強みを持つ編集ギルドHuuuuと、スタートアップ領域を多く手がける編集集団モメンタム・ホースの二社が共同で立ち上げた自社メディア『CAIXA(読み:カイシャ)』。特集「会社の価値」の第二弾記事は、モメンタム・ホース代表取締役 / 編集者の長谷川リョーが、高宮さんと対談します。実は、長谷川にとって高宮さんは、かねてより「メンター」として慕い、会社を辞めて独立するきっかけも与えてくれた恩人でもあります。

国内トップクラスのベンチャーキャピタリストは、「未来」をどう捉えているのでしょうか。高宮さんが見る「社会のスタートアップ化」と、それでも残る「会社の価値」とは?

監督か、プレイングマネージャーか。プロフェッショナルファームが必ずぶつかる壁

長谷川:高宮さん、対談を快く引き受けてくださり、ありがとうございます。特集「会社の価値」の第一弾記事でも触れましたが、僕は日頃から、高宮さんをメンターとして慕わせていただいています。

高宮:僕、メンターの役割なんて果たせていますか? 長谷川さんの恋愛事情については、話を聞いていますが(笑)。

長谷川:いえいえ、恋愛事情はともかく(笑)、高宮さんは人生の師ですよ!先行きの見えない会社員生活にもがいているとき、高宮さんの会社のオウンドメディア『COMPASS』の立ち上げを任せてくださり、独立のきっかけを与えてくれました。その後も、ことあるごとに人生相談に乗っていただき、もはや僕の人生になくてはならない存在となっています。

まず、いつものように、最近の悩みを聞いてもらってもいいでしょうか?(笑)。

高宮:もちろんです、久しぶりですしね(笑)。

長谷川:ありがとうございます、では遠慮なく(笑)。

編集集団のモメンタム・ホースをチーム化していくなかで、「どれくらい任せればいいのか?」という問題に悩んでいて。メンバーの成長のためには、オペレーション化しやすい作業だけでなく、属人性の高いスキルが要求される大事な仕事も、“ぶん投げ”していく必要がある。だけど、お客さんの求めるクオリティに達しないかもしれないリスクも出てきますよね。

高宮:僕らベンチャーキャピタルと、全く同じ悩みを抱えていますね(笑)。プロフェッショナルファーム(※)系の組織が必ず行き当たる、“あるある”の壁とも言えます。

(※)プロフェッショナルファーム……専門的なサービスを提供する組織のこと。弁護士事務所、税理士事務所、コンサルティングファームなどが代表的です。

長谷川:やっぱり、悩みますよね…。高宮さんは、どのように対処していますか?

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高宮:絶対的な正解はありませんし、僕らも色々と試行錯誤を繰り返しています。会社としてどこを目指すのかによって、適切な対処は変わってくるでしょう。個人の属人的な能力に依存せず、チーム全体の総合力として勝っていきたいのであれば、リーダーはいちプレーヤーとしてはあまり前に出ず、監督業に徹したほうが良いかもしれません。

一方で、「自分で面白い仕事を手がけること」の優先順位が高い“4番でエース”的なプレイングマネージャー志向を持っているのであれば、無理して任せる必要はない。僕は、どちらかと言えば、ベンチャーキャピタリストとして起業家と一緒に最前線で走っていたいから、なかなかプレイヤーであることを捨てきれない(笑)。

冗談はさておき、プレイヤー志向には別の理由があります。それはベンチャーキャピタリストという仕事が、一旦止まって歩き出してしまうと、あっという間に早い時代の流れから取り残されてしまうという性質だから。

長谷川:なるほど。僕もなんだかんだライティングは好きですし、現場感覚を保つためにもある程度はやった方がいいと思っていて。だからこそ「任せること」は難しいと感じます。

高宮:「好きだから」という話だけでなく、チームとしての総合力を高めるために、戦略的に自分が手を動かす選択肢もありえると思いますよ。長谷川さんにしかできない難易度の高い仕事を「モメンタム・ホースの長谷川リョー」として手がけることで、会社のブランディングになることはあります。

結局、自分の芸風や好み、仕事の性質、組織として目指すべき方向を踏まえたうえで、自分のリーダーシップのスタイルに合わせ、ギリギリの範囲でストレッチし続けていくしかないのだと思います。つまらない一般論になっちゃいますけどね(笑)。

日本を代表するベンチャー投資家が、いち学生ライターに注目した理由

長谷川:いやー、いつもこうして悩みを聞いていただけて、本当にありがたいです...。そもそも、いつから相談に乗ってもらうようになったんでしたっけ?

高宮:いつでしたっけ?(笑)。

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長谷川:たしか出会ったのは、僕が大学院生だったときですよね。編集長を務めているテクノロジー×エンターテインメントメディア『SENSORS』で、インタビュー記事を書かせていただいたことがきっかけでした。それ以後、すぐにご著書の編集協力を依頼してくださったりと、何かと目をかけていただけるようになりましたが、いち学生だった僕になぜ注目してくださったのでしょうか?

高宮:圧倒的に、記事のクオリティが高かったからです。話した言葉を正確に伝えてくれるのはもちろん、その背景にあるスタートアップ業界の文脈や言外のニュアンス、そして投資家という立場上気をつけなければいけない発言時の温度感も含め、言いたいことを的確に文章に落とし込んでくれました。

そうしたニュアンスは、汲み取りきるのが難しく、自分で書いたり、手直ししたりすることも多かったんです。長谷川さんが書いてくれた記事は、「僕が言いたいことを、僕以上にうまく伝えてくれるなぁ」という風に感じました。

長谷川:なんだか照れますね(笑)。僕と出会う前から、「いい人がいたら囲っておこう」といった考えはあったのでしょうか?

高宮:そこまで明確にあったわけではないです。僕は結構、セレンディピティ(素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること)やご縁に身を任せ、「これとこれを結びつけたら面白そう」「この人とこの人をつないだら面白そう」と企画していくのが好きなんですよね。たとえば最近だと、世界最大のベンチャーキャピタルである、セコイア・キャピタルのパートナーが日本の話を聞きにきたので、思いつきと勢いで「じゃあ、一緒にイベントやろうよ」ということになりました(笑)。

長谷川:偶然をきっかけに、モメンタム(勢い、はずみ)を生み出しているとも言えるかもしれません。ちなみに、投資先の企業と「モメンタムを出しましょう」といった議論はされるのでしょうか?

高宮:うーん…実は僕、「モメンタム」という言葉、あんまり好きじゃないんですよ(笑)。

長谷川:おお、そうなんですね。

高宮:実は、英語圏や、投資の世界で「モメンタム」と使われるとき、「世の中のみんなの流れに乗って」といったニュアンスが含まれていることがあります。そのイメージが強いからか、「モメンタム」という言葉から、「ものごとの本質ではなく、勢いを重視する」といった印象を受けてしまっているのかもしれません。

僕は、理想論では、経営とは「再現性」だと思っているんですよ。もちろん現実的には、そんなにピタッといくはずがないのですが、予想可能性を高め、ボラティリティ(変動幅)を低くすることが、長期的に生き残り続け、成長し続ける経営だと思っています。たとえば調子が悪いときに、「このモメンタムに乗って一気に良くしよう」と考えるのではなく、しっかりと踏ん張って、一個ずつ問題を片付けていく。もちろん、攻めるべき時はしっかりと攻めなければいけませんが、地に足をつけて一歩一歩成長し続けていくのが大切です。ハイリスク・ハイリターンの博打ばかりを続けていると、いつかは負けてしまいます

長谷川:なるほど。ただ、僕が編集者・ライターとして食べていけるようになったのは、やっぱりモメンタムに乗れたからだと思うんですよね。高宮さんの書籍の編集協力のように、急に舞い込んできた大きな仕事をモメンタムと位置づけ、自分の実力と期待値のギャップを埋めるべく全力で打ち返す。すると、さらに大きなモメンタムが舞い込んでくる。その繰り返しが、今の僕を作ってくれたと思うんです。

高宮さん初の著書『起業の戦略論 スタートアップ成功の40のセオリー』
約3年の制作期間を経て、ついに2月13日発売開始です。

社会の“スタートアップ化”に伴い、「ライター」の定義も拡張

長谷川:僕がラッキーだったのは、スタートアップ領域の編集・ライティングがブルーオーシャンだったことも大きいと思います。個人的にライターは、一定の基礎学力と仕事力がある人なら、きちんと努力すれば活躍できる領域だと思うんです。でも、そうした人は普通の“良い会社”で働いているから、参入してこない。

だから、まだまだプレイヤーが少なくて。世間で「ライターは身分が不安定で、給料も安い」といったイメージが抱かれていることも一因かもしれません。

高宮:ベンチャーキャピタリストも、僕がはじめた11年前は、同じような状況だったと思います。でも、大きなトレンドとして、どんどん「社会のスタートアップ化」が進み、個に光が当たるようになってきていると思います。ライターも、もっと目立つ人が増えていくと思いますね。

長谷川:「社会のスタートアップ化」とは、どういうことでしょう?

高宮:確約された結果を求めるのではなく、自分のパッションや問題意識に沿って、“やりたいことをやる”ことで、社会を変えていく–––そんなスタートアップ的な価値観や生き方が、個人の生き方を含め、どんどん社会に広がっているということです。

背景には、「終身雇用で家族主義だから、大企業に就職すれば安心」といった昭和の社会構造が解体され、テクノロジーが大きく発展するタイミングも相まって、将来に対する見通しが本当に利かなくなっていることがあると思います。社会のレールに乗っても、自分の好きなことを追求しても、どのみち将来は確約されていないのですから。

そうした変化の流れのなかで、以前だったらあまりスポットライトが当たらなかったライター業界にも、長谷川さんのように個で立つスタープレイヤーが出てくる。個人の名前でメディアに出るような人が増えると、その仕事が「カッコいい」と思われるようになり、業界として勢いが出てくるはずです。

長谷川:なるほど。あと最近よく言われており、僕も普段の仕事を通じて実感しているのが、編集・ライティングのスキルを活かせる場所が増えてきていること。以前は紙媒体しか活躍の場がなかったのに比べ、WebメディアやSNSなど、さまざまな媒体で価値が発揮できるようになってきています。

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高宮:「ライター」の定義が広がっていますよね。noteからInstagramまで、文章を書く機会はどんどん増えています。また企業が消費者に対して直接コミュニケーションを取れるチャネルが増え、そこで発信するメッセージが事業に大きな影響を与えるようになっている。だからこそ、ブランディング、マーケティングから採用まで、あらゆるジャンルでライティング力が必要とされてきている。

長谷川:最近、意外だったことがあって。スタートアップとは縁遠い業界の経営者の方とディスカッションし、思想を言語化するお手伝いをしたのですが、普段当たり前のようにやっている「考えていることを引き出し、適切な文脈に乗せて文章化する」ということを思いのほか喜んでもらえたんです。僕としては、特別なことをしていた意識はなかったので驚きました。

高宮:アービトラージ(市場のゆがみからくる価格差を活かして利益を得ること)ですよね。まさに、ある業界では当たり前になってきていることを古い業界にもっていくのは、スタートアップ化する社会で有効な生存戦略のひとつです。個で立っているスタートアップやスタープレイヤーは、社会全体で見てもかなり尖ったことをしているので、普段していることをそのまま別業界に持っていくだけで、価値を生み出せると思います。

未来は占えない。だからこそ高まる、ポートフォリオ分散の重要性

長谷川:社会がスタートアップ化していき、個で立つプレイヤーが増えていくなかで、会社はどのような価値を持つと思いますか? よく「これからはプロジェクトベースで働くようになる」といった言説も目にしますが、会社の価値が相対的に薄れていくのでしょうか。

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高宮:個がエンパワーされ、生きていきやすくなるのは間違いないですが、会社の価値は残り続けると思いますやっぱり法人の方が信頼を溜めやすいですし、コーポレート系の機能のように、シェアードサービス的に、一定規模に達した組織で共有する機能の価値はなくならない。弁護士事務所やコンサルティングファームのような個で戦うプロフェッショナル集団も、通常の事業会社に比べてしまうと相対的に会社である意味合いは薄いはずですが、メリットがあるから会社という形態を維持しているのだと思います。

長谷川:たしかに。僕が独立後に関わった仕事は、モメンタム・ホースをつくらずに個人で活動していたら、できなかったものばかりです。

高宮:そうそう、言ってしまえば、一人ではできないコトを成すために、チーム化するのだと思います。

長谷川:なるほど! 冒頭で触れたチームにまつわる悩みも、大きなコトをなすためには、通らなければいけない道であると。自分の中ですごく納得感がありました。

少し話は変わるんですが、高宮さんが投資家として「未来」をどう捉えているのか、聞かせていただけますか? 今日は社会の変化として「スタートアップ化」について伺いましたが、実際にどのくらい先まで見通しているのか、気になります。

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高宮:究極、未来は占えないと思いますよ。むしろ、色々なシナリオを想定しておき、それぞれに対して保険をかけておくことを大切にしています。そうすれば、経済的にも精神的にも、安定感を保てますから。

そして、最大の保険は「自分は独り立ちしてどこでも食べていける」という状態になるように、腕を磨くことだと思います。そのためにも、好きなことを突き詰め、「この領域なら日本で10本の指に入るんじゃない?」くらいのポジションを取れるように頑張るしかないと思いますね。そうした安心感があれば、攻めた行動も取りやすいですから。

長谷川:なるほど。僕もよく「オウンドメディアのブームがもっと下火になったら、仕事がなくなってしまうのではないか?」と不安を感じていて。でも、そうなった時でも生きていけるように、色々な資産を貯めておくしかないと。

高宮:そうですね。BtoBの仕事が減っても、BtoCのメディアを立ち上げたり、版権を積み上げたりと、コンテンツビジネスでお金を生み出す方法はいくらでもあります。編集・ライティングスキルの出口としての、マネタイズ手法のポートフォリオを分散させておくと、事業としては安定すると思います。

個として生きていくという意味では、長野県の山の上で、主婦の方が一人ではじめたパン屋『わざわざ』がすごい成長していて、面白いと思うんですよ。社会がスタートアップ化し、テクノロジーの発展により個がエンパワーされているいま、生きていく方法はいくらでもあることを示す好例だと思います。

長谷川:CAIXAもそうしたポートフォリオ分散の一環だといえると思うので、頑張ります。完全に僕が人生相談させていただく会になってしまいましたね…ありがとうございました!

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「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」

パーソナル・コンピュータという概念を“発明”したアメリカの科学者、アラン・ケイが残した有名な言葉です。

「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家」と聞くと、日本で一番、未来を見通せている人のようにも思えます。しかし高宮さんは、「未来は占えない」と断言していました。

未来は占えないからこそ、自分のパッションや問題意識に沿って好きなことを突き詰めていくことで、「未来の発明」に近づけるのではないでしょうか。

巷に溢れる未来予測に踊らされることなく、高宮さんのように「地に足をつけ」て、思考と実践を繰り返すことが、スタートアップ化する社会で生き残っていくための態度のひとつなのかもしれません。

構成:小池真幸モメンタム・ホース) 編集:友光だんごHuuuu

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